枚方簡易裁判所 昭和41年(ろ)42号 判決 1968年10月09日
被告人 中村清 斉藤正充
主文
被告人両名は無罪
理由
本件公訴事実の要旨は、
『被告人両名は、共謀のうえ、昭和四一年二月二〇日午前二時四〇分ごろ、大阪府条例により、はり紙の表示を禁止された物件である、大阪府寝屋川市大字大利三六〇番地の電柱(関西電力株式会社の電柱九ケ庄三号)に「春斗をたたかいぬく枚方ネヤ川青年集会」などと印刷した、縦約三六センチメートル、横約二六センチメートルのはり紙一枚を糊で貼付して、表示したものである。』
というにあり、右事実は、第四回公判調書中の証人奥田一功、同北条忠の各供述部分ならびに被告人両名の当公判廷における各供述および押収してあるはり紙一枚(昭和四一年押第一号の一)、バケツ一個(同号の三)、ハケ一本(同号の四)によりこれを認めることができる。
そこでまず、被告人両名および弁護人の主張するが如く、大阪府屋外広告物法施行条例(以下単に府条例と略称する。)の諸規定が一切の表現の自由を保障する憲法第二一条に違反するものであるか否かについて考察する。
一、表現の自由とその制約
日本国憲法第二一条は、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障すると規定し、ひろく内心の思想を外に発表する自由を保障している。表現の自由は民主主義の実現ならびにその維持のためには不可欠の前提であることはいうまでもないが、表現の自由といえども絶対無制約のものではなく、他の人権との間の矛盾、衝突を調整する原理としての、公共の福祉に基づく制限に服することのあることもまた認めなければならない。
しかし、表現の自由が保障される根拠は、思想は他の思想と接触することによつてのみ成長し、その思想が真実であるか否かの評価は、自由な市場競争によつてのみなされるべきことであるという寛容の態度、ならびに表現の自由を保障することこそ社会の進歩ならびに発展の最も大きな原動力をなすものであるという確信とに基づくものであるから、合理的かつ具体的な基準を示すことなく、公共の福祉の名において表現の自由を制限することは憲法の精神に反し許されないといわなければならない。
二、ビラ貼りの本質とその規制のあり方
はり紙を貼付する行為(以下「はり紙」のことを単に「ビラ」「はり紙を貼付する行為」を「ビラ貼り」という。)とは或る一定の思想(ここに思想とは広く内心におけるすべての意思ないしものの考え方をいう。以下単に思想というときは右に同じ。)を紙面に記し、その内容を不特定又は多数人に了知せしめるため一定の場所にこれを掲示することをいうと解すべきであるが、右ビラ貼りが或る特定の思想を大衆に伝達することを目的とする点において、内心の思想表現の一手段であることは論をまたない。
およそ、思想表現の手段一般がそうであるように、ビラ貼りもまた或る特定の思想を外部に発表するものである以上、外部的社会的行動を伴うことによつて、他の人権ないし法益との衝突、矛盾が生ずる場合のあることも避け難い。そしてその場合、衝突、矛盾する両者の人権ないし法益を合理的に調整する原理がいわゆる公共の福祉にほかならない。
そこで、ここにいう公共の福祉の具体的内容が明らかにされなければならないが、その前に、ビラ貼りを手段としてなされる思想の表現と、衝突、矛盾ないし相対立する権利ないし法により保護に値いする利益とは、一体何であるかを考えてみる必要がある。思うに、自己の所有或いは管理に属する物件に自らがビラを貼付する場合はともかくとして、それ以外の場合においては、仮に貼付されたビラによつてその物の本来の効用を害されるに至らなくても、所有者ないし管理者において、自己の意思に反して理由なくその物に触れられ、或いは汚されたくないと感ずる利益は、広い意味における個人の財産権の一内容として、また人々が集団生活を営むうえで、互いに美しい自然環境の中で生活したいとねがう利益は、それ自体社会的な公共の利益として、それぞれ保護されなければならない。しかして、屋外広告物法がその第一条に掲げる目的および同法第四条の規定の内容からみて、右屋外広告物法の授権を受けた府条例の保護せんとする法益は、社会公共の利益を保護しているものと解されるので、個人の財産的利益の点はここでは措くとして、社会的には、ビラ貼りによる内心の思想表現に対立する利益は右にみた如く、社会公共の美観風致の維持にありと解すべきである。(なお屋外広告物法は右の美観風致の維持のほか公衆に対する危害を防止することをも目的として掲げているがビラ貼りに関しては同法にいう公衆に対する危害を防止するという目的は考慮する必要がないと考えられるので、ここでは専ら美観風致の維持の目的という観点から検討を加える。)
次に、内心の思想表現の一手段であるビラ貼りを規制しうるための合理的な基準となるところの、公共の福祉の内容を分析すると、これを一般的にいえば、ビラ貼りを何等規制しないことによつてもたらされる利益と、それを規制した場合にもたらされる利益を比較衡量したとき、前者に比し後者の利益が大である場合には規制しうるということである。しかし国民の基本的人権中、表現の自由は前述の如く民主社会における最も基礎的且つ重要な権利であり、とりわけ、ビラを貼る行為そのものは集団行進等とは異り、行為それ自体が必ずしも直ちに他人の人権と衝突、矛盾するものとは限らないのであるから、それを規制しなければならないとしても、真に必要にして、且つ止むをえない最少限度の範囲にのみ限定されなければならないのは当然である。従つて、ここにいうビラ貼りを規制しないことによつてもたらされる利益よりもそれを規制することによつてもたらされる利益の方が大である場合とは、基本的人権中、表現の自由の占める地位の重大性に徴するとき、それは、或る地域ないし区域、場所、又は特定の物件が美そのものの表象として存在するか、若しくは美ないし美観に奉仕するものとして存在し、又は設置されている場合か、或いは少くともビラを貼ることにより、社会公共の美観を害される蓋然性が二義を許さない程度に、客観的に明らかに看取される場合のみをいうと解しなければならない。
三、屋外広告物法及び府条例による規制
府条例第二条第三項第一号は、電柱及びこれに類するものについて、ビラ(はり紙)、ポスター、立看板の表示ならびに掲出を無条件に禁止しているが、本条例は屋外広告物法の授権に基づき制定されたものであるから、府条例の右禁止規定が憲法の規定に適合するや否やの判断の前提として、右屋外広告物法のビラ貼りに関する規定の検討を試みる必要がある。また府条例の右ビラ貼り等の無条件禁止規定が憲法の保障する表現の自由を不当に制限したものであるか否かも、右条例のビラ貼りに関する他の諸規定の検討にまたなければ、右第二条第三項第一号の規定のみをもつてその適否を論ずることはできない。従つて以下順次、屋外広告物法及び府条例のビラ貼りに対する規制について概観する。
(一) 屋外広告物法は、屋外広告物(以下単に広告物と略称する。)即ち広告塔、広告板、看板、立看板、はり紙、はり札等の表示の場所及び方法ならびに広告物を掲出する物件の設置維持につき、同法第三条ないし第五条において、都道府県の条例をもつて、一定の地域又は場所、特定の物件等に、広告物の表示又は広告物を掲出する物件の設置を禁止又は制限しうること、美観風致を維持するために必要があると認めるときは、広告物及びこれを掲出する物件の形状、面積、色彩その他表示方法等について禁止又は制限しうると規定している。
右が表現の自由の一内容をなすビラ貼り等を制限する規定であることは明らかであり、殊に右法が単に制限することができるとするのみならず、更に禁止することをもなしうるとした同法第四条等の授権規定は、行政機関による表現の自由の事前抑制の権限を強く認めたものとして全然問題がない訳ではない。
思うに、社会公共の美観風致を維持するため、合理的且つ明確な基準のもとに止むをえず広告物の表示等の規制を必要とする場合においても、その対象となる地域、場所等はそれぞれの地方によつて異り、これを一律に定めることは、それが仮に困難ではないにしても実情に適しないことが多い。従つて屋外広告物法が広告物の表示等に関する規制の定めを地方公共団体たる各都道府県の条例に委任したこと自体は、合目的的見地から十分理由がある。さらに右法が広告物の表示等を禁止しうる旨の授権規定を設けたことの適否についても、広告物の表示等の禁止が憲法の保障する表現の自由を不当に制限したものであるか否かは、授権を受けた条例の規定によつて判断されるべきであるから、屋外広告物法の右諸規定の存在をもつて、直ちに表現の自由を不当に制限したものであるとはいえない。
(二) 府条例は広告物の表示又は広告物を掲出する物件について、大要次の如く規定している。
(1) 第一条第一項本文『左の各号に掲げる地域又は場所(第二条第一項各号に掲げる地域又は場所を除く。以下許可区域という。)に屋外広告物(以下広告物という。)を表示し、又は広告物を掲出する物件を設置しようとするとき(第二条第二項又は第三項に該当するときを除く。)は、知事の許可を受けなければならない。(第一号)都市計画法第一〇条第二項の規定により指定された風致地区、(第二号)建築基準法第五〇条第一項又は同法第六八条第一項の規定により指定された住居専用地区又は美観地区、(第三号)文化財保護法第六九条第一項又は同法第七〇条第一項の規定により指定又は仮指定された史跡名勝天然記念物のある地域、(第四号)森林法第二五条第一項第一一号の規定により指定された保安林の区域、(第五号)堺市及び布施市、(第六号)道路、鉄道、軌道、索道又はこれらに接続する地域で知事が指定するもの(第七号)公園、緑地、広場、運動場、動物園、植物園、遊園地、競馬場、競輪場、船着場、火葬場及び葬祭場の敷地内(第八号)河川、湖沼、海浜及びその付近で知事が指定するもの、(第九号)社寺及び教会の境域内、(第一〇号)公衆電話及び公衆便所の外壁』
(2) 右の例外として第一条第一項但書に『知事が別に定めるところによるポスター、はり紙及び立看板であつて掲出期間三〇日を超えないものについてはこの限りでない。』と規定し右但書中の別の定めは、府条例施行規則第七条によると、(イ)広告面に掲出期間並びに責任者の住所氏名を明記すること、(ロ)ポスター、はり紙については、縦三五センチメートル横二五センチメートル以上、縦一二〇センチメートル横八〇センチメートル以内とする。(ハ)立看板については高さ二メートル巾一・五メートル以内とする。となつている。
(3) 第二条第一項『左の各号に掲げる地域又は場所(以下禁止区域という。)に広告物を表示し、又は広告物を掲出する物件を設置することはできない。(第一号)風致地区、住居専用地区及び美観地区の中で知事が指定する地域又は場所、(第二号)文化財保護法第二七条第二項並びに同法第六九条第一項又は同法第七〇条第一項の規定により、指定又は仮指定された国宝建造物並びに史跡名勝天然記念物及びこれを含む知事の指定する区域、(第三号)森林法第二五条第一項第一一号の規定により指定された保安林の区域のうちで、知事が指定する区域、(第四号)道路、鉄道、軌道、索道又はこれらに接続する地域で知事が指定するもの、(第五号)古墳及び墓地、(第六号)官公署、学校教育法第一条に規定する学校研究所、図書館、美術館、音楽堂、公会堂、記念館、体育館、天文台及び記念塔の敷地内、』
(4) 第二条第二項『左の各号に掲げる物件には、広告物を表示し又は広告物を掲出する物件を設置することはできない。
(第一号)街路樹、路傍樹及び橋梁、(第二号)郵便ポスト及び送電塔、(第三号)形像及び記念碑、
(5) 第二条第三項、『前二項各号に掲げるもののほか、次の各号に掲げる物件には、ポスター、はり紙及び立看板を表示し又は掲出することができない。(第一号)電柱及びこれに類するもの、(第二号)地下道の上屋、(第三号)高架鉄道の支柱、』
(6) 第一条の許可、第二条の禁止の各規定の適用が除外される場合として、
(イ)第五条、『左の各号に掲げる広告物及び広告物を掲出する物件については、第一条及び第二条の規定は適用しない。(第一号)他の法令の規定により表示し又は設置するもの、(第二号)道先案内図、その他公共上止むをえないもので、公共団体又は公益法人その他これに類する団体が表示し、又は設置するもの、(第三号)自己の事業若しくは営業を表示するもので、自己の事業所、事務所、営業所に設置し、その広告物の面積が七平方メートルを超えないもの、(第四号)その他知事が別に定めるもの(知事の別の定めは、府条例施行規則第四条によると、各種の祭礼若しくは冠婚葬祭のために使用するもの、その他これに類するものとなつている。)
(ロ)第六条『美観風致を維持又は向上するため、特に知事が設定する場所、若しくは施設を利用して、又は知事が定める規格に従つて表示せられた広告物については、知事は第一条及び第二条の規定の適用を除外することができる。』
とそれぞれ規定している。
(7) そのほか、同条例は、第七条以下において、知事の許可により表示又は揚出しうる広告物についての許可申請手続等を
第一七条以下において、罰金五万円を上限とする罰則をそれぞれ規定している。
以上の府条例の諸規定を要約すれば、ビラ貼りについて府条例の規制を受けることなく自由にこれを貼付することができるのは右条例第一、二条所定の地域、場所等以外の地域、場所等に貼る場合と、同条例第一条第一項但書の要件に合致する規格のビラを右第一条列挙の地域、場所等に貼る場合に限られ、殊に堺市、布施市(現東大阪市の一部)においては、右第一条第一項但書に該当する場所を除いては、原則として市内のいかなる場所にも知事の許可なくビラ等を貼付しえないことになつている。
四、府条例の運用面について
大阪府土木部計画課監理係長である証人三田和弘の当公判廷における供述によれば、府条例による広告物の表示又は掲出に関する許可申請手続等の一切は、大阪府土木部計画課監理係の所管事項であり、条例上においては、知事の許可を受けることとされているが、現実には課長以上知事に至る地位に在る者はこれに関与せず、右監理係の係長と係員のみによつて右許可申請にかかる広告物を審査し、許可を与えるか否かを決定していること同条例第一、二条の適用除外を規定した第五条及び第六条の解釈ならびにその取扱い例として、第五条第一号に該当するものとしては例えば警察が設置する交通標識、同条第二号の『公共上やむをえないもの』の例としては市が設置する駅前等の住居表示、同号の『公益法人その他これに類するもの』とは、例えば消防協会など、『これに類する団体が表示するもの』とは例えば消防協会が裁判所の構内に設置するタバコの捨場についての注意等の表示等をいい、また同第三号に規定する『自己の事業所、事務所、営業所等』に該当しないところの、例えば自己所有の家屋の壁や塀、或いは自己所有の空地の板塀等にビラを貼付することも、そのビラがたとえ自己の事業若しくは営業を示すものであつても、右条例第一条第一項但書の除外例に該当しない限り規制の対象となること、府条例第五条第四号をうけた同条例施行規則第四条の冠婚葬祭のため以外の、『その他これに類するもの』の例については未だ具体例として取扱われた例がないこと、第六条関係につき、知事が定める広告物で第一、二条が適用除外になつた例としては、幹線道路から引込んだ場所に工場群があるような場合、右工場群に進入するための道路であることを示す表示や、枚方パークへ行くための道路を示す表示等があること、等の解釈ならびに取扱いのもとに同条例の運用がなされていることが認められる。
五、ビラ貼りの機能
右にみた如く、ことビラ貼りに関する限り、不特定又は多数人(以下これを便宜上公衆と称する。)が集散し、ないし通行してその目の届くところは殆ど網羅的に府条例により規制の対象となつており、同条例が定める除外例である、第五条はその主体及び思想内容が著しく限定されている点において、第六条は加重された厳しい要件を充足しなければならない点において、いずれも通常の場合に一般人が右適用除外例規定の適用を受けることは先ず考えられない。しかも知事の許可を条件としてビラの貼付が許される場合においてさえ、同条例は、許可申請に対する不許可処分或いは許可、不許可の処分がなされないまま放置された場合(これは特定の日時に開催することを予定した催ものの告知に関するビラについては実質上の不許可処分となる。)、の救済手続を全く欠いている。この点につき検察官は、知事の許可行為に対しては、広告物法第八条に訴願に関する規定等の救済規定が存すると主張するが同法にはそのような救済規定はない。
そこでこのような規制が実質的にみてビラ貼りを規制しないでおくことの利益より、これを規制することの利益の方がはたして大なのか否かが検討されなければならないが、それは思想表現の一手段としてのビラ貼りそのものの機能との関連においてなされる必要がある。
現在、内心の思想を外部に発表してこれを公衆に伝達するいわゆる大衆伝達の手段として考えられるものは、テレビ放送、ラジオ放送、新聞、雑誌、機関紙、宣伝カーによる放送の利用、広告板及び広告塔の設置、或いは演説、講演、ビラ配り、ビラ等の貼付等、実に多岐にわたつている。しかしこれらのものすべてがあらゆる階層の国民にとつて、自己の発表したいと思う思想内容をいつどこででも直ちに利用しうるものとは限らない。即ち、テレビ放送、ラジオ放送、新聞、雑誌においては、発表しようとする思想の内容と利用のための経費等の点において、広告板および広告塔の設置は場所ならびに経費等の点において、宣伝カー等による呼びかけは経費等の点において、屋内または屋外で一定の会場を設けて行う演説会、講演会はある種の特殊の才能を要することと伝達の対象が限定される等の点において、機関紙利用の場合は発表主体と伝達の対象等において限定される点、いずれもその利用が何等かの点で制約され、貧富の差なく何人でもその利用を欲する時、直ちに利用できるというものではない。これに対し、何人にも利用可能な手段として残されているものと考えられるのは内心の思想を外部に発表しようと欲する者自らがこれを行う、街頭演説、ビラ配り、ビラ等の貼付である。しかしそのうちでも、ビラ貼りは、最少限、用紙、筆記具、貼付するための材料およびこれを貼付するに要する労力を用意することによつて、長時間にわたり広範囲の公衆の視覚に訴えることができ、労力、時間及び伝達しうる範囲即ち広報効果、の諸点において街頭演説、ビラ配り等に比し優れているといえる。そればかりでなく、その他の表現の手段ないし方法に比しても、少額の費用をもつてその目的を達しうることにより、経済的に恵まれていない階層の国民にとつてもたやすく利用しうる点において、一見素朴ではあるけれども最も尊重されなければならない重要な大衆伝達の一手段、ひいては表現の自由の一態様であるといわなければならない。
六、ビラ貼り禁止の合理的根拠の存否
ビラ貼りは最低限度の重要な思想表現の手段の一つとして最も尊重されなければならないから、その規制殊に禁止は、真に必要にして且つ止むを得ない場合でなければなしえないと解されること前述のとおりであるが、府条例による電柱等に対するビラ貼りの、殆ど絶対的ともいえる無条件禁止が、右にいう真に必要にして且つやむをえない場合といえるかどうかは、同条例第二条各項所定の、電柱以外の各物件等に対するビラ貼りの禁止と切離して論ずることはできない。従つて、そこに各列挙されている物件等にビラ貼りを全面的に禁止した第二条の規定が合理的であるか否かにつき考察する。
第二条所定の、風致地区、住居専用地区、美観地区、指定又は仮指定を受けた国宝建造物ならびに史跡名勝天然記念物及びこれを含む区域、保安林の区域、道路や鉄道ならびに軌道及び索道又はこれらに接続する地域の各地域ないし各区域のうち知事の指定する区域、古墳、墓地、街路樹、路傍樹、橋梁 形像、記念碑、のそれぞれの地域、区域又は場所或いは物件については、いずれも美そのものの表象として、或いは美観に奉仕する地域、区域又は場所或いは物件として、また同条掲記の、図書館、美術館、音楽堂、公会堂、記念館、体育館、天文台及び記念塔の敷地内については、あるものは美術的な建築物として、あるものは付近一帯の自然美と調和して一体の景観を形成するものとして、いずれも構築ないし建設または設置された物及びその敷地とみることもできる。従つて美観風致の維持の見地から、右各物件ないしその敷地内等にビラを貼付すること自体がその形状、大小、色彩等の如何にかかわらず美観を害するものとして、これらに対するビラ貼りを全面的に禁止することもあながち理由のないことではない。それに特に右物件等についてのみビラ貼りを無条件且つ全面的に禁止したからといつて、これにより表現の自由を制限せられた国民の受ける不利益は、他においても不当に思想表現の機会ないし場を制限せられない限り、社会公共の美観風致を害することの不利益に比し、殆どとるに足りない微少の程度というべく、その限りにおいてはいまだ憲法の保障する表現の自由を不当に制限したとみることはできない。
次に、府条例第二条は、右物件等のほか、官公署、学校教育法第一条に規定する学校(以下普通の学校と略称する。)研究所の敷地内、郵便ポスト、送電塔、電柱及びこれに類するもの、地下道の上屋、高架鉄道の支柱についてもビラ貼りを禁止している。ところで、前述したように、屋外広告物法がそうであるように、その授権を受けた府条例の保護法益もまた、ビラ貼りに関する限り、社会公共の美観風致の維持にあると解するならば、その存在理由が少なくとも美そのものの表象、或いは美観の維持に奉仕するものとはいえない官公署、普通の学校および研究所を民間の建物や会社、工場の建物、或いは学校教育法第一条の適用をうけないいわゆる各種学校(以下単に各種学校と略称する。)との間のみならず、いわゆる公共用物である公園や河川との間にさえ差別を設け、所有者ないし管理者の承諾の有無或いは具体的に美観風致が害される蓋然性の有無とは全く無関係に、前者についてのみビラ貼りを全面的に禁止し、後者については原則的には許可制をとり、しかも同条例第一項但書に該当する限りは無条件にビラ貼りが可能とすることは全く合理性を欠くものといわなければならない。このことは、官公署の建物と民間会社の建物、普通の学校と各種学校とが同一地域又は場所に隣接して存在し、或いは公園の中に官公署の建物が存在しているような場合を想定すれば、自ら明らかであろう。それをもし、いわゆる公用物と普通の学校は、いわゆる私物や各種学校よりも厚く保護しなければならないというのであれば、全く同一のビラを私物や各種学校に貼付すれば社会公共の美観風致を害しないが公用物や普通の学校に貼付した場合には社会的な美観が害されるという理由が明らかにされなければならない。しかし屋外広告物法自体の目的およびその諸規定の内容からみて、同法がそのような差別を是認する趣旨とは解しえず、右法の保護法益が仮に個人の財産権的な利益を含んでいるとしても軽犯罪法第一条第三三号との対比からいつて、所有者ないし管理者の承諾の有無にかかわらず府条例をもつて全面的にビラ貼りを禁止しなければならない理由はない。この理は郵便ポストについても同様というべきである。
最後に、電柱およびこれに類するもの、地下道の上屋、高架鉄道の支柱について考察する。これらの各物件は、存在そのものは美ないし美観と関係がないにもかかわらず、これらに対してビラの貼付が全面的に禁止されている理由は、道路上に存在するが故に目立ち易く、それにビラを貼付することは美観を害する虞れが多いということにありと解される余地もないではない。しかし公衆の目に触れ易くまた目立ち易いという点では許可制になつている公園、遊園地、公衆電話及び公衆便所の外壁等はむしろ電柱以上とさえいえるし、美観を害するおそれが多いという点では許可制になつている公園、緑地、植物園、社寺、教会の方が電柱より、より保護の必要が大きいともいえる。それにもかかわらずこれらのものに対しては前述の如く原則的な許可制をとり、しかも第一条第一項但書の場合には無条件でビラの貼付が可能とされていることと対比するとき、電柱等を街路樹、路傍樹、形像、記念碑等と全く同視して、いかなるビラを貼付することをも、殆ど絶対的且つ全面的に禁止しなければ、社会公共の美観風致の維持を図りえないとする合理的な根拠を見出すことはできない。車道と歩道の区別のない道路において、道路脇に存在する電柱と狭い側溝一つ距てて隣接する民家の壁、塀等に全く同一のビラを貼付した場合、後者のビラに比し前者のビラがその所有者ないし管理者の承諾の有無をとわず、行為者に対して刑罰を科してまでこれを禁止しなければならないほどに社会公共の美観風致を害するものとは到底考えられない。
ビラ貼りの目的が単にビラを貼ることにあるのではなく、それを貼ることによつて、ビラに表示された特定の思想内容を広く公衆に了知せしめることにある以上、公衆の目に触れ易い場所を選択してなされることは当然である。従つてビラ貼りをなそうとする者が、当該ビラ貼りの場所において、広報効果のより多からんことを期待し、最も目立ちやすいからとの判断のもとに、ビラ貼り物件として電柱を選んだとしても最少の費用と労力で最大の効果を欲するのは自然の理であつて、何等異とすることはできない。勿論、電柱や高架鉄道の支柱等はビラを貼付するがために存在しているものでないことは確かである。しかし、自動車専用道路や公園内等に存在する水銀灯柱などを除くと、道路上に存在する通常の電柱、電話柱及び街路灯柱などは、少なくとも美そのものの表象として、或いは美観風致の維持に奉仕するために設置されたものでないこともまた明らかである。そうであるとすれば、公衆が通行しその視線に触れる道路上に存在する以上、少なくとも一定の条件のもとに、思想を表現する場の一つとしての利用を許されてよいし、また現に府条例第三条に明らかな如く、ビラ、ポスター及び立看板以外の広告物、即ちいわゆる巻付広告、突出広告などは、一定の条件のもとにその表示ないし掲出を許されているのである。つまりその理由とするところは、ビラ、ポスター、立看板以外の広告物といえども、その形状大きさ等諸種の要素如何によつては美観風致を害することがありうる故にこそ、その表示又は掲出には知事の許可を要するものとされ、他方、ビラ、ポスター及び立看板といえども、形状、大きさ、文字の配列、図案、色彩等によつては必ずしも常に美観風致を害するものと断じえないからこそ公園、緑地、社寺及び教会の境域、或いは公衆電話の外壁等にも一定の要件のもとにその表示又は掲出が許されているものといわなければならない。ビラは破れ易く、それが糊付けの場合は右部分が黒変等して、ともすれば美観を害し易いということは否定しえない。しかしそれを以て電柱等に対するビラ貼り禁止の根拠とするのであれば、許可制のもとに貼付が許されている公園、公衆電話の外壁等に貼付するビラについても等しく問題とされねばならない筈であるのに、右物件等に貼付するものについては何等問題とされていない。従つて、ビラが破れ易く美観を害し易いというようなことは、無条件に貼付を許すビラ(第一条第一項但書)、知事の許可を条件として貼付を許すビラ(第一条第一項本文)、全面的に貼付を禁止するビラ(第二条)、の各それぞれを区別する根拠とはなりえないというべきである。
要するに、爾後の管理について責任の所在を明らかにする者が貼付するビラについてまで、殊更に他の物件等と差別して、電柱等に対してのみそれに対するビラ貼りを全面的に禁じなければならない理由はなく、ビラを官公署や普通の学校の敷地内、電柱等に貼付するか、或いはそれ以外の民家、公園、遊園地 公衆電話の外壁等に貼付するかは、それぞれの物件等の所有者ないし管理者とビラを貼ろうとする者との間の合意による選択に任せるべき事柄であり、それらの所有者ないし管理者の承諾の有無とは無関係に、公権力の名において、これが貼付を全面的に禁圧しなければならないいわれはないというべきである。
七、結び
これまで詳述したように、府条例第二条第三項第一号の電柱等に対するビラ貼り等禁止の規定については、少なくとも社会公共の美観風致の維持という見地からは、ビラ貼りを全面的に禁止しなければいけない合理的な根拠を見出すことはできない。同条例は右第二条第三項第一号において、電柱等に対するビラ貼りを原則的に禁止し、これに例外を設けたものの、その例外規定であるところの同条例第五条及び第六条は、一般私人が自己の欲する内容の思想を自由に発表しようとする場合においては、殆どその適用の余地がないといえること前述のとおりである。従つて第二条第三項第一号は、実質上、無条件且つ絶対的なビラ貼りの禁止を規定したものということができ、加えて、他の対象物件となりうる官公署、普通の学校、地下道の上屋、高架鉄道の支柱、等についても、第二条により同じく合理的な理由なくビラ貼りを全面的に禁止している。それに、同条例がその第一条列挙の物件等について知事の許可を条件としてビラを貼付しうるとしているとはいえ前述の如く許可手続に関する府条例運用の実態、或いは許可行為に付随する救済手続の不備の面からみても、大阪府の住民に対しビラ貼りを手段とする表現の自由の保障が全うされているといえないばかりか、さらに本件事件発生の地の首長である寝屋川市長作成『市掲示板の照介について(回答)』と題す書面によつて認められるところの、寝屋川市の管理する掲示板は、戦後市より市民に対する周知用として市内各要所に設置されたが、その後年月の経過による破損等で現在は皆無の状態であること、及び現在設置されている掲示板の殆どは町内会等の所有のものにすぎないという事実が示す如く、国民の最も基礎的な基本的人権、とりわけ表現の自由のなかでも最も尊重されなければならない筈のビラ貼りにつき、広告物中最も徹底した規制を行つているにもかかわらず、それに代るべき措置が全くとられていないことが明らかである。
以上、これを要するに、屋外広告物法ならびに府条例の保護法益である社会公共の美観風致の維持の必要から、電柱等につき、ビラ貼り等を規制しなければならないとしても、少なくとも、ビラの大きさ、形状、文字の配列、図案、色彩、その貼付材料、貼付方法、貼付地域ないし場所等につき、予め一定の明確な基準を示し、その基準に従つたビラを知事の許可にかからせて貼付させることとし、且つ右許可行為に付随する救済手続を整備するか、或いは、仮に必要止むを得ない理由に基づき一定の地域又は場所に限り、全面的且つ絶対的にビラ等の貼付等を禁止しなければならないとしても、大阪府において、他にビラ等を掲示又は掲出する掲示板、掲示場等の、何人でも自己の欲する時に欲する内容の思想を発表しうるにこと欠かないだけの最少限度の設備と場を住民に提供するのであればともかく、何等の代替措置を講じないまましかも合理的な理由もなく、府条例により実質上殆ど絶対的且つ全面的に電柱等に対するビラ等の表示又は掲出を禁止したことは、憲法上最も基礎的且つ重要な表現の自由の保障に対する、真に必要にして止むをえない最少限度を超えた不当な制限であるといわなければならない。従つて府条例第二条第三項第一号は右の限りにおいて憲法第二一条に違反し無効というべきである。
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件公訴事実は罪とならないものと認められるので、刑事訴訟法第三三六条を適用して被告人両名に対し無罪の言渡をし、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 岸本隆男)